知って得する建物の豆知識 建築の儀式 荒御魂を鎮め和御魂に

掲載日:2020/10/16

 日本は古来よりあらゆる場所や物に精霊が宿るとする「神道」が精神的な背景にありました。八百万の神が存するとする神道の考えは日本だけでなく、キリスト教やイスラム教、仏教などが流布する前はアミニズムやシャーマニズムと呼ばれる、自然信仰が世界のあらゆる場所に存在していました。

 日本の自然信仰である神道は古代天皇制や近世ナショナリズムと結び付き国家神道にまで発達し、多くの功罪を残しましたが、我々は仏教と神道という二つの精神的な背景をうまく使いこなして日常生活を送ってきたとも言えます。

神仏を使いこなす日本

 神道の神には荒御魂(あらみたま)と和御魂(にぎみたま)という両面があり、荒御魂を鎮めて和御魂になっていただくのを「祭」と言います。また、神には特定の地域や働きなどの守備範囲があるとされ、例えば平城京の守護神は伊勢神宮、江戸城の守護神が山王権現など、いわゆる鎮守の神でした。さらに、仏教と神道は対立する概念ではなく、仏教寺院と神社が一体化している例も少なからずあります。我々は、神仏を都合よくというか、融通無碍に使いこなしてきたと言えます。

 そうした使いこなしの一つが建築の儀式です。まずは「とこしずめのまつり」と呼ばれる地鎮祭ですが、これはその土地を守っている荒御魂に建築することを報告して、和御魂になっていただくことです。

 現在の地鎮祭は敷地や建物の中心となる位置の四隅に青竹を立て、そこに注連縄(しめなわ)を張り回します。注連縄の中に、野菜や洗い米、塩、酒、海産物を供え、神主が祝詞を奏上した後、関係者が玉串を奉奠(ほうてん)するというのが一般的です。また、最近では地鎮祭と手斧始(ておのはじめ)や定礎式が同時に行われることも珍しくありません。

 上棟式は建物の骨組みが現れた時に行う儀式です。木造は大体1日で上棟するので、一気に建物のシルエットが現れ、施主が大いに気にする儀式です。鉄筋コンクリート造では型枠が取れて、コンクリート躯体が現れた時に行います。一番高い棟には幣束(へいづか)と弓矢を飾ります。古い建物では上棟の日と施主名、大工名などの名前を書いた棟板を取り付けることがあり、解体工事などで建物の由来などが分かることもあります。

 また、昔は「散餅散銭(さんぺいさんせん)之儀」があって、施主が高いところから餅とお金の入ったポチ袋を撒いたりしました。子供達には大いなる楽しみでしたが、食べ物やお金を撒くのは教育上好ましくないとのことから、最近では、この儀式に遭遇することはほとんどありません。筆者が最後に立ち会った「散餅散銭之儀」は今から40年ほど前に川崎市で行われたものでした。

 以前の上棟式は大工にとっても楽しみの一つで、施主からは祝儀を頂戴し、現場に板を渡して作った仮設の宴席で酒食がふるまわれ、カシラ(鳶職)の唸る「木遣り」なども聞くことができました。飲酒運転への取り締まりが厳しくなったのと職人のサラリーマン化で、現代ではこうした宴席は全く行われなくなり、ビニール袋に入った、ちょっと高級なお弁当と缶ビール、乾き物のおつまみが配布されればよいほうです。

 最後の儀式が、完成を祝う竣工式ですが、その前に「火入れ式」があります。これは電気を点灯、ボイラーの運転、冷暖房機器の運転など設備機器の最終確認です。住宅で竣工式を行うことはあまりありませんが、企業の社屋などではステイタスを高めるため、関係者等を招いて盛大に行われます。

(建築家・中村義平二)