知って得する建物の豆知識 暖炉 暖を採るより、インテリアに

子供の頃に母親から「打ち寄せる波と、焚き火の炎をジッと見てはいけない」ときつく注意された事があります。理由を聞くと「バカになるから」とのことでしたが、確かにどちらもジッと見ていると、時を忘れ、軽い催眠現象が起きるようです。波を見つめた後、海に向かって「バカやろ~」と叫びたくなるのは、まさしくバカになったのかも知れません。炎の場合、引き込まれるのは、炎の揺らめきだけではなく、火という物が原始的な本能に訴えかける力を持っているからであり、それは癒しの効果もあります。この「癒し力」と採暖効果を住まいに取り込むのが暖炉です。
バブル時代に大手ディベロッパーの販売する高級マンションに暖炉を設置するのが流行りました。筆者が懇意にしている暖炉業者によれば、麻布の超高級低層マンションに暖炉を設置して、一年後メンテに行ったところ、実際に使った形跡のあるのは20軒のうち1軒だけで、他は物置き場や熱帯魚の水槽置き場になっていたそうです。使っていた1軒も焼却炉としての利用で、ビニールやプラスチック、新聞紙などを燃やしたため、煙道がすすだらけだったとか。
カタログ映えする暖炉ですが、実際に使うとなると薪の手配や保存、灰の処理など結構手間がかかるので、使用人でもいない限り、超高級マンションには無理な装備と言えます。設置したデベ側にも暖炉のある生活などした事がない担当者が、豪華なイメージだけを求めて話を進めたようです。
炎は人類の歴史とともにあるわけですが、部屋の中に焚き火を取り込み、現在見るような暖炉という形式が成立したのは11世紀のヨーロッパです。それまでは日本の囲炉裏のような、採暖と調理を行うための焚き火を屋内に取り込んだ構造でした。12世紀ごろから、建物の多層化が始まり、煙を自然排気するのが難しくなったため、囲炉裏を壁際に移動し、煙突を設けることで焚き火を維持できるようになりました。煙突の使用で建物のどこにでも暖炉を設けることが可能になったため、採暖と調理の機能分化も始まり、貴族の住まいや宮殿では各部屋に採暖装置として暖炉を設けることが流行します。
そして最も居心地の良い、暖炉のそばを上座とする習慣ができ、暖炉の周りには豪華な装飾も施されるようになったのです。16世紀には暖炉設計の基準が考え出され、逆流防止や耐火性などが一定の水準に達しました。
暖炉は燃焼効率という面からは室内の空気を使って燃焼するため、常に部屋の外から冷気が侵入し、発生した熱の90%は燃焼ガスと共に煙突から外気に放散されるため、決して効率の良い採暖方法ではありませんでしたが、現代の暖炉は空気流通経路のコントロール、二次燃焼触媒(キャタリティック)装置の改良などによって効率が高まり、およそ50~60%の熱効率を持つものもあります。
大気汚染に厳しいロンドンや、パリ、ニューヨークなどの大都市では暖炉の使用が規制されていますが、現代の暖炉は採暖装置ではなく装飾品、ステータスのためのインテリアアイテムとして用いられ、非日常的な使用がほとんどなので、こうした規制がどれほどの効果があるかは不明です。
最近では、薪の代わりに植物原料を蒸留加工したバイオエタノールが燃料の暖炉が登場しています。綺麗なオレンジ色の炎が楽しめると同時に90%の熱効率で、暖房機としての機能も持っています。
(建築家・中村義平二)